自然災害に思う事(1)

~被災された方々の痛みを感じながら~

昨年は熊本地方を震源とする長期化した大地震、熊本地震が収束しないなか、九州を中心に西日本各地に記録的大雨。
東北・北海道にも異例の台風が上陸し甚大な被害を与えました。

そして今年も奄美大島では50年に一度と言われる記録的な大雨…。
改めて日本は自然災害の多い国だと認識させられます。

私達も6年前(2011年)の3月11日、未曾有の大地震と津波を経験しましたので、被災された方々の痛みを自分の事の様に感じてしまいます。
自然災害はいつ起るか解りません。

私にとって3月11日は確かに特別な日である事にかわりは無いのですが、今こうして生かされている事と仕事の意味を考える事はしばしばです。
震災から学んだ事や感じた事を、思いつくまま綴ってみようと思います。

当事務所は、東日本大震災の被災地の中にあります。
直接の津波被害は受けませんでしたが、震災当日は、(移転前の)当時の事務所のすぐ傍を流れる砂押川を挟んだ対岸側(太平洋側)の一帯が、津波に呑まれました。
たまたまスケジュールの組み合わせで、震災当日の午後に外出する者は無く事務所に揃っていたため、私を含めたスタッフの全員が津波に遭わずに無事でいることが出来ました。

しかし小さな辛いことは、いろいろありました。
例えば、対岸のアパートに住んでいたスタッフは、部屋は3階の為大丈夫でしたが、所有していた車を駄目にしてしまいました。
地震の揺れにより、自宅内の散乱の状態がひどかったスタッフは、数日間、幼子2名を連れて避難所で不自由な生活をしました。
対岸側にある小学校に通っていた私の次男は、津波のために、まるで島のように取り残された校舎の3階で、暗く寒く、不安な一夜を明かしました。
私は、息子の安否が分かるまで、心配で心配で、生きた心地がしませんでした。

多賀城の空(2017晩夏 事務所近くにて)

多賀城の空(2017晩夏 事務所近くにて)

 

~心強かったスタッフの「プロ魂」~

電気、水、ガスといったライフライン全てが寸断されたことはテレビ等で報道されたとおりで、食料品に関しては、被害が比較的少なく営業を再開したスーパーマーケットでも、2時間も行列に並んで1人5品までしか選べないような状態でした。
電車・バスの公共交通機関が途絶えたうえに、長い間ガソリンが買えないという事情となり、交通手段がなくなり移動も不自由になりました。

そのため、事務所の遠方より通勤していた気骨あるスタッフは、春休みとなった小学生の子ども3人を東京の実家に預け、自分一人、事務所の会議室に寝袋を持ち込んで泊まり込みました。

たとえどのような事情であったとしても、給与計算業務を始めとして、期日のある仕事を、その日までに、きっちりやり遂げたスタッフの「プロ魂」が、これほど心強く、有難く感じたことはありませんでした。

当事務所は、震災の5日後に、ようやく電気と電話が通じるようになった(水、ガスは未だでした)ので、とりあえず事務所営業は出来るようになりました。
お客様の安否確認をしながら、まずは、お客様が気にしていると思われる、天災事変による休業の場合の賃金の取り扱いをまとめたお知らせを作成しました。

また、日々更新される震災対応のネット情報を検索し、休業しながら失業給付を受給させられる雇用保険の特例措置をはじめ、休業手当を支給した場合に一定の条件をクリアしていれば受給できる助成金の震災特例措置や、経済産業省による被災企業に対する低利子での融資の案内等、多くの情報の中から、お客様の事情に即した内容でリストを作りました。

そのうえで、FAXが通信可能なお客様にはFAXをし、電気が通じていない或いは電話が通じていない等の事情でFAXが出来ないお客様には、自転車で資料をお届けしました。

遠隔地のお客様に対しては、資料を郵送したかったのですが、集配機能を持つ、最寄りの郵便局も冠水したため、近くのポストに投函して郵便物を出すことは出来ず、ここなら大丈夫だと確認のとれた遠方のポストに、ガソリンを節約しつつ、何とか投函して郵送したりもしました。

(次回のブログでは、被災されたお客様の体験談から感じた「リーダーとしての判断や使命感」について述べさせていただこうと思っています。)